平成に流行った事を振り返ってみる

ライフスタイル

令和がスタートしてもうすぐひと月が経ちますよね!

そこで今回は

「平成に流行ったことってどんなこと?」

というのをご紹介したいと思います!

あんなことあったなあ、こんなことあったっけ?と思い出しつつ、楽しみながら見てもらえると嬉しいです!

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ゲーム機が流行った!

大人気のゲームが多く登場した昭和から平成になり、子ども向けの娯楽としてデジタルのゲーム機が流行りました。

それまではボードゲーム等のアナログゲームが主流でしたが、技術発達によってテレビ番組や映画に近い高度な内容に進化したのです。

日本国内のゲーム会社はこぞって新しいシリーズの開発に取り組み、基盤からディスクになったことで音声や動画などのダイナミックな演出が増えました。大人にも支持された結果、日本の主要産業の1つとして年末商戦や年始のセールの目玉に昇格しました。

平成元年からは携帯用ゲーム機の歴史にもなっており、白黒の画面からやがてフルカラーへと切り替わったことが、日本のゲーム史から分かります。

携帯用ゲーム機は海外でも人気があって、平成3年の湾岸戦争では米軍の兵士の娯楽としても使われていました。現在では大人気のシリーズも、平成の初期にはまだ人気が出るのかも不明な新タイトルでした。

当時のゲームはもうレトロゲームに分類されていますが、それだけ平成におけるゲーム発達が急激であったことを意味しています。

新発売のゲームを知るためには、専門のゲーム雑誌を読むしかありませんでした。

公式情報は発売の半年前ぐらいになってようやく出てきて、発売直後には特集として攻略記事を掲載していたのが平成の日常的な光景です。

ゲーム機の競争は熾烈を極め、新しいハードが登場しては消えていきました。最盛期にはゲーム雑誌が6冊以上あって、ゲーム好きの子どもや大人の好奇心を刺激していたのです。

今や新作の情報はスマホで簡単に調べられちゃう時代ですし、ゲーム自体もスマホでクオリティの高い物が出来ちゃいますよね!時代の進化はすごいです。

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ネットが流行った!

高速インターネットの普及平成は、インターネット普及の歴史そのものです。

令和となっては小学生ですらスマートフォンでネットを使いますが、平成の初期にはまだ携帯電話すら満足に普及していませんでした。

まず電話回線を利用したインターネット回線が家庭に普及して、平成7年に市販されたパソコン用のOSのおかげで、幼児でも直感的に操作できる状態になったのです。今では誰もが利用している大手の検索エンジンについても、平成10年の創業です。

インターネットブームが日本中を席巻して、それまで一部のオタクだけの物であったパソコンが各家庭の必需品に仲間入りしました。

インターネットが流行ったとはいえ、黎明期には高額の料金と遅い通信速度に悩まされました。画像1つをモニター画面に表示させるのに30分かかることが普通で、パソコンのセキュリティという意識を持っていたユーザーは少数派です。

専用回線による高速インターネットが整備されると、分からないことはまずネットで調べる風潮ができました。

学生の就職活動もオンラインで行うのが常識となり、就職支援会社の分厚い冊子をチェックする必要がなくなったのも、大きな変化です。

携帯電話も、平成に流行った事の1つとして挙げられます。

日本で独自に進化したことから、ガラケーとも呼ばれています。インターネットに接続できる機能がセールスポイントでしたが、高速インターネットの普及に伴ってガラケー向けのサービスはだいたい終了しています。

今後は5Gによりさらに高速化するでしょうから、楽しみですよね!!

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CDが流行った!

街を歩けば、どこからともなく音楽が聞こえてくるのが、平成の日常でした。

日本国内のCD販売において最高記録がある平成では、数々の有名グループや歌手が活躍していました。

どの世代の方にも思い出の曲はあると思いますが、特に平成前半の頃はCDが流行りましたから、今でも思い出の1枚を持っている方も多いと思います。

昭和から大衆に親しまれていた歌は、平成10年ぐらいまで右肩上がりで売上が伸びていたのが特徴です。

テレビ番組のテーマ曲や、各種イベントのテーマソングとして、発売するだけで飛ぶように売れていました。平成11年からは、急速に普及してきたインターネットとぶつかりました。魅力的になってきたゲーム機とも競争になり、CDの販売枚数は年々下がっていく結果になったのです。

オンラインで自由に利用できるデジタルデータに比べて、CDはパッケージを購入するというアナログの利用方法です。音声データで販売するという試みも行われましたが、既存の流通への配慮から、完全に後れを取った形になりました。

著作権の権利団体による取り締まりが、CDの販売低下に拍車をかけました。

利権を巡っての締め付けは、最も大切にするべき顧客から愛想を尽かされる結果になったのです。平成の終盤では、もう街に音楽がある状況ではなくなりました。

街頭の大型モニターから企業CMが流れることはあっても、平成の前半のように気軽に音楽を楽しむという雰囲気が消失したのが、最終的な結末です。

入れ替わるようにライブイベントの売上は伸びており、CDという媒体からネット時代に即した新たな形態に移ったとも言えます。

最近では公式でMVがYouTubeで見られるようになっており、ますますCD媒体は衰退してしまいますね。しかし、それと同時に音楽業界としては新たな歴史を刻むこととなるでしょう。

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アミューズメント施設が流行った!

大型アミューズメント施設が営業開始日本国内で大型アミューズメント施設が続々とオープンして、平成の家族サービスとして大いに機能しました。

大掛かりなアトラクションと、広大な敷地を活用しての雰囲気があるため、年間パスポートで定期的に訪問をする常連も大勢います。

歴史的な遺跡や名所への誘導ではなく、全く何もない場所に一からアミューズメント施設を建設したのが、従来の観光施設との大きな違いです。

外資による日本進出の色が濃く、世界的なビッグマネーとネットワークを活かした事業戦略になっています。平成を通してブランド化に努めた結果、令和にも子供が行きたがる人気施設です。

有名な映画やアニメとの提携などで話題性があり、敷地内の飲食店では作中のキャラクターがよく利用していたメニューも注文できます。

昭和から平成の前半において、日本のいたるところで営業していたゲームセンターは、インターネットとゲームの普及によって次々と姿を消しました。

家庭用のゲーム機がゲームセンターの筐体と同等以上のスペックになったので、わざわざ出向く必要性がなくなったのです。

現在も人が集まっているゲームセンターでは、ただ筐体を置いているのではなく、アトラクション形式で定期的なイベントも行っています。

有名な作品とのコラボで集客をすることが多くなり、都心部などの一部の地域に集約してサービスを手厚くしています。

オンラインでは味わえないことを求めているのが、平成の後半からのニーズです。

どのように付加価値をつけていくのかが、令和における明暗を分けますね。

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SNSが流行った!

SNSの急速な発達ソーシャル・ネットワーキング・サービスは、平成から流行った事です。

様々なコンセプトのSNSが次々に誕生しては、競争に敗れて消えていきました。

たとえば、同窓会をイメージした招待制のSNSは、新規会員の伸び悩みから衰退しました。

末期に運営側が慌ててオープンにしたものの、すでに手遅れでアッサリと利用者から見放されたのです。

利用者は、誰でも簡単に連絡できる他のSNSや、公開するタイプのSNSに移っていきました。個人の日記を書くブログの流行も、平成の産物です。

著名人がこぞって更新をしていたことで、そのファンや一般人も参加していきました。

企業の広告を貼り付けて広告料をもらうアフィリエイトの最盛期で、個人活動でお金を稼ぐ副業への意識が高まった時代でもあります。

匿名のまま自由に連絡し合えるSNSは、令和の時代に引き継がれました。

平成元年にドキドキしながら異性の自宅へ直接電話をしていた光景が、平成の終わりにはお互いのスマートフォンによるSNSで連絡を取り合う光景に変わりました。

さて、みなさんが思い出に残っている流行はあったでしょうか?

Twitterでも色々と聞いてみたいと思います!

ご覧いただきありがとうございました!